2020年08月17日

「和字書体十二勝」のものがたり3

池袋コミュニティカレッジの書体制作講座をきっかけにして発足したグループ「typeKIDS」は、2009年から2017年まで、東京芸術劇場、新宿区榎町地域センターで活動してきた。2018年からは、メンバーを固定しないオープンな会「TypeKIDS Meeting」として活動を再開した。再開後の第3回が、TypeKIDS Meeting Spring 2019で、2019年4月6日(土)に開催した。
小江戸蔵里は、1875年(明治8年)に創業された旧鏡山酒造の建築物で、明治・大正・昭和の時代に建てられた酒蔵を改装したもので、国の登録有形文化財に指定されている。おみやげ処(明治蔵)、まかない処(大正蔵)、ききざけ処(昭和蔵)のみっつの蔵とともに、つどい処(展示蔵)がある。
TypeKIDS Meeting Spring 2019は、櫻井印刷所活版印刷工場の見学、小江戸川越文字散歩、そして小江戸蔵里(川越市産業観光館)つどい処展示蔵ギャラリーでの展示会へとつづくというイベントとして企画した。
会場がギャラリーということで、発売されたばかりの「和字書体十二勝」をメインにして展示した。

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2020年08月16日

「和字書体十二勝」のものがたり2

「和字書体十二勝」では、本居宣長の字様をベースにした和字カーシヴ1書体、同じく本居宣長につながる字様をベースにした和字ドーンスタイル2書体を制作した。漢字書体の宋朝体との組み合わせを考えて、和字ドーンスタイルを追加することにしたのだ。
【すずり】【すずのや】
『玉あられ』(本居宣長著、柏屋兵助ほか、1792年)は、本居宣長の著書で、版木彫刻によるものである。近世の歌文に著しい誤用があるのを正そうと思い、古文の用法を思いつくままに説明したものである。原資料に基づいて「すずり」を制作したが、さらに深化させて「すずのや」として再構築させた。
【うえまつ】
『古事記伝二十二之巻』(本居宣長著、1803年)は、本居宣長の著作で、植松有信(1758年–1813年)の版木彫刻による。このうち二十二之巻などの一部の巻は植松有信の筆耕(板下書)によるものである。植松有信は名古屋で板木師をしていて『古事記伝』の刊行に関わる。宣長に入門して板木師として宣長著作の多くに携わっている。『古事記伝』の草稿は漢字カタカナ交じり文で書かれているが、その再稿本および版本は漢字ひらがな交じり文に変わっている。
【ひふみ】
『神字日文伝』(平田篤胤著、1824年)は、上巻、下巻、付録からなり、1819年(文政2年)に成立した。漢字伝来以前に日本に文字が存在したと主張する。『神字日文伝』には一字一字が独立したひらがながみられる。もともとの版下は書写されたものと思われるが、硬筆書写のような印象を受ける。

「和字書体三十六景」で、和字オールドスタイルは十分制作していたので、「和字書体十二勝」では、和字ドーンスタイル1書体、和字アンチック2書体、和字ゴシック(初期)1書体を追加することにした。
【にしき】
『Book of Specimens』(平野活版製造所、1877年)。平野富二(1846年–1892年)は本木昌造の依嘱により、1872–1872年(明治5年)に東京で長崎新塾出張活版製造所(のちの平野活版製造所)を設立、活字版印刷の企業としてのスタートをきった。『Book of Specimens』(平野活版製造所、1877年)は、その最初の時期の活字見本帖である。この見本帖所収の「第三號」ひらがな活字は、野性的な書風である。
【みなもと】
『新撰讃美歌』(植村正久・奥野昌綱・松山高吉編輯、警醒社、1888年)には、『座右之友』(東京築地活版製造所、1895年)および『富多無可思』(青山進行堂、1909年)に掲載された漢字書体の「五號アンチック形」と同一の書体が使われており、さらにはその和字書体も見受けられる。その字様は江戸文字に近いが、和字アンチック体に分類される活字書体の最初期のものだと考えられる。
【たまゆら】
『言海』(大槻文彦著、六合館、1931年)は、大槻文彦(1847年–1928年)の著した国語辞典である。1875年(明治8年)に編纂を開始、1891年(明治24年)に刊行された。最初は四六倍判の4分冊として出版され、その後、1冊本や2冊(上・下)本、小型や中型のものが刊行されていった。欧米の各国では、国語の統一運動の集大成としての辞書作りが行われた。『言海』の編纂も、そうした流れの一環とされる。
【はるか】
『活字と機械』(野村宗十郎編輯、東京築地活版製造所、1914年)は、その名のとおり、活字と機械の両面から大正初期におけるタイポグラフィを紹介した小冊子である。この小冊子に、五號ゴシック体などの和字書体が掲載されていた。築地体の特徴をよくあらわしたゴシック体の和字書体である。

「和字書体三十六景」では少なかった現代の書体を、「和字書体十二勝」として追加することにした。和字ニュースタイル1書体、和字モダンスタイル2書体、和字ゴシック(中期)2書体を制作した。
【あずま】
『東京今昔帖』(木村荘八著、東峰書房、1953年)の著者、木村荘八(1893年–1957年)は洋画家である。白馬会洋画研究所に学び岸田劉生とともに、1912年にフュウザン会の結成に参加した後期印象派以後の新美術の紹介にも尽力している。1915年には岸田劉生、中川一政らと草土社を結成した。木村荘八はエッセイも数多く残している。明治の東京にまつわるものも多いが、『東京今昔帖』はそのひとつである。東京の明和印刷で印刷されている。
【ひばり】
日本の三大名探偵とは、江戸川乱歩の明智小五郎、横溝正史の金田一耕助と、あとひとりは高木彬光の神津恭介だ。『死を開く扉』(高木彬光著、浪速書房、1959年)にも神津恭介が登場する。テレビ朝日の2時間サスペンスの「探偵・神津恭介の殺人推理」シリーズでは、神津恭介を近藤正臣が演じていた。
亨有堂印刷で印刷している。
【ふじやま】
和字書体「ふじやま」は、『明解国語辞典』(金田一京助監修、1943年、三省堂)の復刻版を原資料として試作している。この復刻版は、1997年に三省堂から刊行されたものだ。
【めじろ】
『センサスの経済学』(児島俊弘・関英二著、農林統計協会、1964年)は、「1965年中間農業センサス副読本」とあるように、農業に関する統計調査の書物である。そこに現れた本文の書体は、高度成長期に出版された書物に見られる、豊満なスタイルの和字書体のひとつとしてとらえている。
【めぐろ】
『センサスの経済学』には、ゴシック体で組まれたページもある。本文の近代明朝体と対になるようなゴシック体であった。制作にあたっては、ただ印刷された文字の外形線を忠実になぞるということではなく、その書風を理解しながら、現在の書体に求められている大きさや太さのバランス、傾き、寄り引きなどを修整していった。

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2020年08月15日

「和字書体十二勝」のものがたり1

2018年5月10日、札幌駅のすぐ近くにあるイメージナビ株式会社を訪ねた。イメージナビ株式会社は、デジタル素材総合販売サイトdesignpocketを運営しており、欣喜堂書体のダウンロード販売を委託して、ちょうど10年目になっていた。

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和字書体十二勝(商品名:和字 Commanders 12)のダウンロード販売は、イメージナビ株式会社の運営する「designpocket」で、翌2019年3月1日に開始することになった。これに先立ち2月1日には発売の告知をしていただいた。
「designpocket」と同時に、株式会社ボーンデジタルの運営する「Font Garage」、株式会社アフロの運営する「Aflo Mall」、株式会社グッドファーム・プランニングの運営する「Font Factory」でも販売が開始された。
「和字書体十二勝」は、「和字書体三十六景」を補遺するものである。36書体および追加12書体としてもいいと思うが、わかりやすくするために「和字書体十二勝」としている。あまり知られていないが、1927年に新日本八景が選定されたときに日本二十五勝も選定されている。これに因んだ。

これまでCDパッケージ版での販売を委託していた株式会社朗文堂の運営する「robundo type cosmique」では、和字書体十二勝以降は取り扱いしないことになった。
これによりCDパッケージ版での販売は事実上終了し、ダウンロード方式での販売のみになった。2002年の和字書体三十六景第1集(商品名:和字 Revision 9)から17年間も継続していた株式会社朗文堂への販売委託がなくなった。

2020年08月13日

「ときわぎ」「きたりす」「みそら」のものがたり4

和字コンテンポラリー「みそら」(2000年–2022年)

1970年代から1980年代にかけて、しばしば試みられていたのが現代的な明朝体、ゴシック体などに組み合わせられるように同一の筆づかい・まとめ方で設計した書体である。これは『レタリング 上手な字を書く最短コース』(谷欣伍著、アトリエ出版社、1982年)の本文に使われていた試作書体にもみられる。それをやってみようと思った。
「セイム」は、欧字書体のローマン体、漢字書体の現代明朝体と組みあわせる和字書体として、2000年に制作したものである。制作した当初、漢字書体は平成書体を念頭に考えていた。ウエイトは、W3、W5、W7、W9を制作することにした。つぎに、欧字書体のサンセリフ体、漢字書体の現代ゴシック体と組みあわせる和字書体として、2004年に「テンガ」を制作した。
平成明朝、平成ゴシックはあったが、平成アンチックは制作されていない。そもそも漢字書体のアンチック体は存在しなかったのだから仕方のないことだ。私のイメージとしては欧文書体の「スラブセリフ」に近いイメージだった。欧字書体のスラブセリフ体、漢字書体の現代アンチック体と組みあわせる和字書体として、2010年に「ウダイ」を制作した。

漢字書体を「白澤」書体としてバージョンアップする際に、グランド・ファミリー化して全体的な名称を「みそら(三空)」とした。「セイム」(みそらロマンチック)には「白澤明朝」を、「テンガ」(みそらゴチック)には「白澤呉竹」を、「ウダイ」(みそらアンチック)には「白澤安竹」を組み合わる。
「みそらロマンチック(セイム)」(2022年予定)
「みそらゴチック(テンガ)」(2022年予定)
「みそらアンチック(ウダイ)」(2022年予定)

2020年08月12日

「ときわぎ」「きたりす」「みそら」のものがたり3

和字モダンスタイル「きたりす」(2020年)

『タイプフェイスデザイン漫遊』(今田欣一著、株式会社ブッキング、2000年)に「欣喜アンチック」という書体を試作している。その章のタイトルは「悠久の持続性」という大げさなものだった。筆者はずっと和字アンチック体に注目していた。アンチック体といえば、辞書の見出しや漫画のふきだしに使われる程度だったが、広い範囲で使われる可能性を感じていた。
そこで和字書体三十六景のなかでは「ことのは」という復刻書体を制作し、字面を大きくした「おゝことのは」ファミリーとして展開させた。小学館の『例解学習国語辞典』のために「小学館アンチック」の制作を依頼されたこともあった。さらには和字書体十二勝の「みなもと」と「たまゆら」、ほしくずやコレクションの「ときわぎアンチック」を制作してきた。
私にとって、これらの和字アンチック体の原点にあるのが「欣喜アンチック」であった。それから20年経って、「欣喜アンチック」のセルフカバーで、和字書体「きたりすアンチック」として制作してみようと考えた。これを起点として、「きたりす」というグランドファミリーを構築し、「きたりすロマンチック」、「きたりすゴチック」を制作することにした。
札幌市円山動物園の「こども動物園」には、エゾリス、エゾユキウサギ、エゾモモンガといった北海道の小動物を植物とともに展示した「ドサンコの森」がある。『生態写真集 キタリス』(竹田津実著、新潮社、2019年)という本があるが、エゾリスはキタリスの亜種である。
「きたりす」のような新刻書体の場合には、書風のイメージから連想して付けている。当初は、北海道に生息している「えぞりす」(蝦夷栗鼠)を名前にしようと考えたが、どうも語呂が良くない。蝦夷栗鼠が北栗鼠の亜種であることから「きたりす」(北栗鼠)に落ち着いた。

「きたりすロマンチック」
「きたりすゴチック」
「きたりすアンチック」