明代の刊本字様にイメージが対照的だと思える書物がある。鄭藩の『楽律全書』と毛氏汲古閣『宋名家詞』である。前者は彫刻風の直線的で硬質の明朝体であり、後者は毛筆の筆法を残した軟質の明朝体である。
硬質の明朝体がみられる『楽律全書』は、中国音楽における十二音律の研究で、その時代の音楽理論研究の最先端をいくものだということである。楽律とは、楽音を音律の高低に従って並べた音列のことで、中国音楽では十二律だ。十二律は基音を長さ九寸の律管の音としている。
『楽律全書』は15種48巻の書物である。律呂精義外篇巻10から霊星小舞図までは、楽器、演奏、舞踊などに関する絵図が中心となっている。漢字書体「鳳翔」のベースとしたのは、この『楽律全書』である。
軟質の明朝体がみられる『宋名家詞』は、毛氏汲古閣の出版物において世に知られている書物のひとつである。書写の風格のある明朝体だ。これをベースにして漢字書体「毛晋」を試作している。
汲古閣には84,000冊の書物が収蔵され、さらには650種以上の刊本が出版された。それらは「汲古閣本」「毛本」などと呼ばれ、現在に至るまで、良質のテキストとして広く流通している。宋代に刊刻された書物の多くが、毛晋の手を経て今に伝わっており、文化の保存と伝播に大きく貢献したといえる。
当初は「鳳翔」が優勢だった。しかし「毛晋」も捨てがたいものがあった。組み合わせる和字書体を考慮に入れると「毛晋」のほうがマッチするように思えてきた。「毛晋」の大逆転である。