2022年05月14日

[本と旅と] テーマパークで夢紀行--日光江戸村

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『稀代の本屋 蔦屋重三郎』とともに

東武特急「リバティ会津」で鬼怒川温泉駅に到着した頃には、天気予報の通り小雨になった。鬼怒川一日フリーパスを購入し、江戸村循環バスで日光江戸村へ。通行手形(入場券)を券売機で購入し、午後12時半ごろ、関所を無事通過する。いよいよ江戸時代にやってきた。

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宿場町

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関所から、街道を抜ける。

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「是より江戸まで二町」とある。一町は110mぐらいだから、二町で220mということか。少し進むと「峠の茶屋」が見えてくる。
『稀代の本屋 蔦屋重三郎』(増田晶文著、草思社、2019年)という小説には、日光参りをする様子が描かれている。

重三郎は旅の支度をあらためようとする。そこに妻女が割ってはいる。
「え〜と手甲に脚絆。そうだ、草鞋はこれだけあればよろしいですね」
妻女が、かいがいしく準備をしてくれるのはありがたい。だが、いかにも荷が多すぎる。
「ちょいと日光参りに行くだけだ。これはなんでも大仰すぎる」
あら、妻は腹掛けをひらひらさせながら頬をふくらませる。
「旅先ではなにが起こるかわかりません」
まして今回は山東京伝、さらには地本問屋仲間でも重鎮の仙鶴堂・鶴屋喜右衛門との三人旅ときている。


私は日光から江戸をめざしている想定である。番屋、水車小屋があり、ここから宿場町に入る。江戸時代に整備された宿駅を中心に発展したのが宿場町である。日光街道には草加宿、栗橋宿、小山宿、宇都宮宿などの宿場町があった。

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街道の両側には、「笠下駄屋」「道中小物」「旅籠屋」「駕籠屋」などが軒を連ねている。いずれも内部は展示処、お土産処になっているので、覗きこみながら歩いていく。
その並びに「変身処時空」があり、雨にもかかわらず、子供は忍者に、カップルは侍・武家娘に変身しているのを見かけた。日光江戸村の楽しみ方のひとつになっている。
宿場町の先にある「大江戸天満宮」には菅原道真公の立派な全身像が光り輝いている。なぜ日光江戸村に菅原道真公像があるのかはわからない。
ここからは、いよいよ江戸の街だ。

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武家屋敷

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午後1時から「南町奉行所」で、いわゆる大岡裁きのコントがあるということで、ちょっと覗いてみた。

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『稀代の本屋 蔦屋重三郎』には奉行所について書かれたところがある。

ようやく奉行所の吟味が終わった。
寛政三(一七九一)年三月、春とはいえ首をこごめる寒風の吹く日だった。
詮議は苛烈を極め、重三郎は後ろ手に縄をかけられたうえ土間に正座させられた。取り調べで罪の白黒を決するというより、最初から罪人あつかいであった。
「本屋と開板にかかわるお達し、まさか忘れたわけではなかろう」
奉行所の役人たちは頭ごなしに剣突を喰らわせてきた。線の細い、癇性の強そうな顔立ち。紅を刷いたように唇がてらてらと光っている。
もう一人、取り調べにあたった役人は顔や身体の輪郭どころか眼、鼻、口、耳まで丸い。そのくせ愛嬌のかけらもなく、吠える唐獅子のような男だった。
「風紀は乱れっぱなし。武術学問がふるわぬのは、やくたいもない双紙や浮世絵のせいだぞ」
寛政の改革はとうとう本屋にも及んできた。いくつかの触れが出たなかでも、昨寛政二年五月の取締令は重三郎ら双紙、浮世絵を扱う者どもを困惑させた。


武家屋敷のエリアは、「南町奉行所」のほか「江戸生活文化伝承館」「侍修行館」「文化映像館」で構成されている。いずれも外観は武家屋敷風だが、内部は展示・体験・映像など、楽しませるように工夫されている。他に来場者がいなかったので、まさに独り占め状態だった。

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「江戸生活文化伝承館」の雨に濡れた庭園は風情がある。内部は江戸時代の職人たちの技を紹介する現代的にディスプレイされたミュージアムになっている。

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「侍修行館」には、剣術体験道場(体験処)と「小笠原流武士の蔵」(展示処)もある。「文化映像館」では、上映されていた「芸者の世界」を観た。


商家街

日本橋を渡って商家街のエリアへ入る。14時から「花魁道中」が行われる予定だったが、雨のため、野外でのパレードは中止になったようだ。遅めの昼食を取ってから、商家街を散策する。

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日本橋の袂にあるのが、「さうし問屋 錦絵ふくめ」である。

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「これだ、こういう本なんだ!」
知的でありながら、決して肩の凝らないもの。それこそが地本問屋・蔦屋の目玉になる。重三郎は店先に人だかりができている様子を想ってニンマリした。ちなみに、本屋には二種類あって、学問書をはじめ堅苦しい類は「書物問屋」の領分となる。重三郎が手がけようという「地本問屋」は、肩の凝らない戯作や浮世絵を扱う。
「いずれ、江戸の本屋は花形商売になるはずだ」


ここでは子供向けの摺り体験ができるようだ。江戸時代の扮装をした職人さんの指導で、版木を替えて色を重ね、簡単な版画を完成させるという。料金は五百両(500円)だ。

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『稀代の本屋 蔦屋重三郎』では、戯作者、絵師だけではなく、彫師、摺師らの職人にも目が向けられている。

「とりわけ毛割の細さ、見事だねえ。誰にもできるってもんじゃねえ」
鬢、額、うなじ……それぞれの髪、ことに生え際の繊細かつ細微を極めた彫り。毛割とはよくいったもので、実在の頭髪をさらに割ったような彫師の超絶の技。
一枚の板木はひとりの手で完成するわけではない。周囲や着物の柄、紋様は若手が鑿をふるう。だが「頭彫り」といわれる顔、髪、手足などの細工は熟練の彫師の独壇場となる。

摺師は板木を大事そうに抱え込む。彼の錦絵を摺りあげる技は、彫師の仕事にひけをとらない。しかも、この摺師、半端な彫りの板木はその場で叩き割るほどの一徹者ときている。
「こりゃ、わしも負けちゃいらんねえな」


商家街は中学生の集団でいっぱいになっていた。火の見櫓を中心に南北に伸びる通りに面し、それぞれの店舗が、体験処、展示処、お食事処、お土産処として営業している。せんべい焼き体験が、中学生にも人気のようだった。

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船着場に「屋形船」が停泊していた。一人七百両(700円)で乗ることができるが、私が滞在していた時間に、お堀を進んでいる様子を見ることはできなかった。

重三郎は屋形船の緋毛氈に手をつき、川面をみやった。
大川の波間に照らされた光が銀、緑、青とまばゆく色をかえていく。この晴天があと二、三日もつづけば梅雨明けとなろう。



興行街

最後は「若松座」「水芸座」「両国座」が並ぶ興行街エリアへ。
15時から「若松座」で行われる花魁ショーを観る。観客の中から、侍に変身していた方がお大尽に指名されて舞台に上がり、お大尽遊びに興じるという趣向である。

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16時からは「水芸座」で始まる水芸ショーを見ることにした。「水芸座」で演じられているのは、水芸という江戸時代に発展した奇術のことだ。口上や音曲に合わせて、演者や小道具から水がほとばしる。テレビの演芸番組で見たことがあったが、最近はあまり見られない。懐かしい。

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「両国座」は今は閉まっているが、以前は江戸時代を舞台にした喜劇が行われていたようだ。中には入れなかったが、役者絵の看板が掲げられているなど、雰囲気だけでも楽しむことができる。

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「若松座」と「水芸座」のショーの間に、中学生に大人気の「忍者仕掛け迷路」「忍者からす御殿」「地獄寺」をすべて素通りして、両国橋を渡ったところにある「江戸町火消し資料館」を見学した。江戸の火消「千組」の貴重な資料が展示されている。その隣には「千組政五郎鳶頭の家」が再現されている。

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火事のことも『稀代の本屋 蔦屋重三郎』で描かれている。

「吉原はずいぶん火事に泣いております」
最初は明暦三(一六五七)年一月十八日から二日間で江戸を焼き尽くした振袖火事だ。
「もっとも、それは旧の吉原の時代でしたが」
重三郎の説明にすぐ喜三二が追加した。
「江戸のお城の本丸と二の丸まで焼け落ちてしまう大火だったらしい」


約4時間のタイム・トリップを楽しんで、急いで街道を引き返し、現代へと戻ってきた。帰りのバスの時間が近づいていた。

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posted by 今田欣一 at 16:51| Comment(0) | 漫遊★本と旅と[テーマパーク] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする