2023年08月31日

[追想4]読書経験と活字書体を見る目

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『本の虫の本』(田中美穂ほか著、創元社、2018年)、『本のリストの本』(正木香子ほか著、創元社、2020年)の本文に「たおやめM」が使われていることについて、takumi氏がSNSに次のような投稿をしていました。実際にその本を読んだ上での感想だろうと思います。

本文で読ませる文字として使うにはシンドイ感じがします

「たおやめM」は、昭和初期に広く使われてきた活字書体をもとにして再現した書体です。本文で使われていた書体を復刻したにもかかわらず、「本文で使うにはシンドイ」と感じるのはなぜなのでしょうか。

正木香子さんは、『本を読む人のための書体入門』(正木香子著、星海社、2013年)のなかで、「たおやめ」の原資料となった活字書体について次のような感想を書かれています。

子供のころは、こういう文字をみるとなんだか古い鏡の中にお化けが映っていそうな気持ちがしてこわかったのに、大人になってから急に愛着が増した書体です。
おしろいの匂いみたいな大人っぽさが、いつの間にか等身大に感じられるようになったのかな。お化けも、女も、似たようなものかもしれないけれど。

読む人の年齢や読書経験によって、その書体に対する印象が変わってくるのかもしれませんね。
posted by 今田欣一 at 09:00| Comment(0) | 活字書体打ち明け話・4 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年08月29日

[追想4]「欣喜堂? 間違いじゃないの?」

『改訂版 実例付きフォント字典』(パイインターナショナル、2018年)に、「欣喜堂」というブランド名で、当時発売されていたすべての書体見本が掲載されました。これはたいへん喜ばしく思いました。

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ところで、それ以前の『文字とビジュアルのいい関係グラフィックス』(ピエ・ブックス、2008年)でも「欣喜堂」として掲載されていますが、その編集をされているときに、
「欣喜堂? 間違いじゃないの?」
という関係者からの問い合わせがあったようです。
朗文堂はブックコスミイクという自主流通の書籍の委託販売と、タイプコスミイクというデジタルタイプの委託販売を取り扱っています。タイプコスミイクでは、欣喜堂のほかにも、株式会社モトヤ、有限会社字游工房、タイポデザインアーツなど、各社のデジタルタイプの委託販売をしていました。
フォントデータは朗文堂タイプコスミイクのCD収録のものとEコマーズ・サイト(デザインポケット、アフロモール、フォントガレージ、フォントファクトリー)からDLしたものとは全く同じものです。フォント内部の情報でも「有限会社今田欣一デザイン室」「Kinichi Imada Design Studio Inc.」と記しています。
朗文堂タイプコスミイクのCDジャケットにも、同じように「書体設計は欣喜堂によるもの、販売は朗文堂タイプコスミイクによるもの」と明記されています。
Eコマーズ・サイトでの委託販売については「委託販売契約」を締結しており、個々のフォントについては別途文書を提出し、また追加や除外も同様にできるように決められています。また、双方合意の上で、定価、仕切り率が決められています。
ところが、朗文堂の場合には「委託販売契約」を締結していませんでした。存在するのは「和字Revision 9」の「覚え書き」だけです。

「和字Revision 9」所収の9書体の和字の原字著作権は甲に帰属します。甲がほかの書体開発会社にたいして「和字Revision 9」所収の9書体のすべて、あるいはその一部書体のデータを供給することは自由です。

「和字Revision 9」以降の書体は、これを踏襲することが暗黙の了解でした。「書体開発会社」とは、モリサワやフォントワークスなどのメーカーを指しています。甲(有限会社今田欣一デザイン室)が、Eコマーズ・サイトから販売することはまったく問題のないことです。

なぜ「欣喜堂? 間違いじゃないの?」という疑問が生まれたのでしょうか?
おそらく『基本日本語活字見本集成』(誠文堂新光社、2007年)、『フォントスタイルブック』(ワークスコーポレーション、2008年)、『フォントブック 和文基本書体編』(祖父江慎監修、毎日コミュニケーションズ、2008年)と『フォントブック 伝統・ファンシー書体編』(祖父江慎監修、毎日コミュニケーションズ、2009年)などで、「朗文堂」として掲載されていたことにあるのではないかと思います。

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とりわけ『フォントブック 和文基本書体編』においては、川越の書店で見つけて、欣喜堂の書体が「朗文堂」として掲載されていることを確認しました。これでは「朗文堂がタイプデザイナーの今田欣一に発注して制作した」という誤解が生じてもおかしくはありませんね。
困ったことには、フォント販売サイトの取り扱いメーカーにも「朗文堂」と書かれてしまっています。Eコマーズ・サイトでの販売は、朗文堂は全く関わっていません。この件を編集者に話しましたところ、改訂版を作成するときに訂正するとのことでした。

『改訂版 実例付きフォント字典』以降は、やっと「欣喜堂」というブランドが定着してきたということでしょうか?
posted by 今田欣一 at 08:15| Comment(0) | 活字書体打ち明け話・4 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年08月26日

[追想4]モリサワのポチ……?

欣喜堂というブランド名で、現在、デザインポケット、アフロモール、フォントガレージ、フォントファクトリーというEコマーズ・サイトから販売しているほか、ウェブフォントとしてフォントストリームにも提供しています。
さらに、日本語フォントとして株式会社モリサワ、中国語フォント(簡体字・繁体字)として北京北大方正電子有限公司に、一部の書体を提供しています。契約の詳細は、それこそ守秘義務があるので言えませんが、デザインを勝手に変えない、書体名は共通にする、制作者名の明示ということで合意しています。

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株式会社モリサワに提供した時には、ある人から「写研を鼻にかけていたくせに、今度はモリサワのポチになったのか」と罵倒されました。いろいろ考えて、活字書体としてより広範囲で使用していただくために、最善な方向だったと思っています。
「タイプデザイナーは霞を食って生きるべし」と言われたことがあります。仙人じゃあるまいし、私にはそういうことはできません。収入がなければ生活が成り立ちません。生活費だけではなく、設備にも費用がかかるし、資料集めにも費用がかかります。
それでもタイプデザイナー専業で生きていく道を進んできました。何か主たる仕事があって、片手間に制作した書体を無償で頒布していくということでしか、職種として成り立たないのではさびしすぎます。
posted by 今田欣一 at 08:33| Comment(0) | 活字書体打ち明け話・4 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年08月24日

[追想6]同じ舞台に立たせてもらえなかったけど……

「佐藤敬之輔再考」というイベントが、2017年9月30日に、桑沢デザイン研究所で開催されました。桑沢デザイン研究所同窓会・日本タイポグラフィ協会・東京タイプディレクタークラブの共催です。私は、同年の第16回佐藤敬之輔賞(個人部門)の受賞者ということで特別に招待していただきました。

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このイベントの第2部はシンポジウム[明日のタイポグラフィを考える]でした。「作り手の立場から」のパネラーとして、鳥海修さん、藤田重信さん、小林章さんの3人が登壇されました。このメンバーだと、[明日のタイポグラフィを考える]というより、[明日のタイプデザインを考える]ではないのかなあと思いました。
鳥海さんは字游工房を設立してから、藤田さんはフォントワークス、小林さんはライノタイプ(現モノタイプ)に入社してから、写研在職中よりも自由にのびのびと活動しているように感じます。3人とも退職後に活躍していますので、それだけ才能が押さえつけられていたということかもしれません。
鳥海さんは社歴としては私の2年後輩ですが、1955年3月生まれ(私は1954年5月生まれ)なので同学年です。字游工房の2代目社長として、游明朝、游ゴシックなど、数多くの活字書体を手掛けられました。写研・モリサワ・字游工房共同による石井明朝、石井ゴシックの改刻プロジェクトのプロデューサーもつとめられています。『文字を作る仕事』(晶文社、2016年)を上梓されています。
藤田さんは社歴としては私より2年先輩ですが、年齢は2歳年下です。フォントワークスでは、筑紫明朝、筑紫ゴシックをはじめ、多様で多彩な書体を生み出しています。『筑紫書体と藤田重信』(パイインターナショナル、2024年)が刊行予定です。
小林さんは社歴も年齢も6年後輩です。ライノタイプでは欧字書体を数多く制作されていましたが、モノタイプになって日本語書体のクリエイティブ・タイプディレクターとして、たづかね角ゴシックなどを手掛けられています。また『欧文書体のつくり方』(Book&Design、2020)など数多くの書物を執筆されています。

パネラーの自己紹介、制作書体のプレゼンテーションから始まりました。私は、最前列の招待席から、(あえて上からの目線で言わせていただきますが)後輩たちの活躍を頼もしく思いながら聴講させていただきました。
ああ、正直に白状しますと、「佐藤敬之輔再考」というイベントなのだし、同年の佐藤敬之輔賞(個人部門)の受賞者なのだから、せめて制作書体のプレゼンだけでもやらせてもらいたかったなあと、心の中で思ってしまいました。すみません。

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ちょっと妄想してみました。游明朝と游ゴシック、筑紫明朝と筑紫ゴシック、たづかね角ゴシックに並べるとすれば、KOめじろ上巳MとKOめぐろ端午Bになるのでしょうか。残念ながら、これらは完成することはありません。だとすると、同じ舞台に立つ日は永遠に来ないのでしょうね。
posted by 今田欣一 at 11:38| Comment(0) | 活字書体打ち明け話・6 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年08月20日

[追想4]工藤強勝さんのこと

写研在職中の1996年に、日本タイポグラフィ協会に個人会員として入会しました。写研の社員で日本タイポグラフィ協会の会員となったのは橋本和夫さん、布施茂さんに続いて3人目です。それまでは写研(法人会員)の担当者として委員会に参加していました。
個人会員として入会するために、工藤強勝さんに推薦人をお願いしました。私はどうも団体活動に向いていなかったようです。方向性の違いを感じるようになり数年後に退会してしまいました。推薦していただいたのに、申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

退会後も、いろいろお世話になりました。

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年賀状にはいつも暖かいコメントを添えていただいていました。2022年のデザイン実験室の年賀状には「ますらお」が使われていて、次のようなコメントが添えられていました。ありがたいことです。

あけましておめでとうございます。
この五、六年デジタルになってから数多の書体がリリースされていますが、殆ど使用したいものはありません。その点、今田さんの書体ファンとしては、今田さんのもののみ活かして使用します。今回は〝ますらお〟です。


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また、2017年の「第16回佐藤敬之輔賞」に際しては、工藤さんに推薦していただいたと伺っています。


ありがとうございました。



posted by 今田欣一 at 11:58| Comment(0) | 活字書体打ち明け話・4 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする