欧字書体としてのゴシック(Gothic)は、『Book of Specimens』(平野活版製造所、1877年)に見られる。現在では一般的にサン・セリフと呼ばれるカテゴリーに属する書体である。漢字書体としてのゴシックでは、『座右之友』(東京築地活版製造所、1895年)に掲載された「五號ゴチック形」がある。欧字書体の名称からヒントを得たのだろう。和字書体でも「ゴシック体」と呼ばれている。
東京築地活版製造所は1903(明治36)年11月1日に、わが国の活字版印刷史上最大規模の438ページにもおよぶ見本帳を発行している。この見本帳の編輯兼発行者は第五代目社長の野村宗十郎(1857–1925)である。
この見本帳に掲載された「五号二分ノ一ゴチックひらがな」は、和字ゴシック体という名称で見本帳に登場した初期の書体であろう。ゴシックという名前がついてはいるが、現在考えられるようなデザインではない。毛筆の名残が残った、和字アンチック体とも取れるようなものであった。
最初はあまり魅力を感じなかった。しかも二分の一サイズの活字として制作されていたものである。ゴシックという名称がついていたので気になっていたが、あらためて観察すると、素朴な味わいが感じられた。
そこで正方形に近づけて字面も合わせて設計してみると、これはいいかもしれないと思い直した。この書体を制作することにした。それが「くらもち」という書体である。