2020年11月17日

「KOめじろ上巳M」のゆめがたり2

漢字書体「上巳」のはなし(未制作)

「欣喜堂ではフツーの明朝体とか、フツーのゴシック体は作らないんですか?」
と言われたことがある。この人の言うフツーの明朝体、フツーのゴシック体というのは、近代明朝体と近代ゴシック体を指しているようだ。
近代明朝体と近代ゴシック体については、大手フォント・メーカーが「基本書体」と位置づけて、バージョンアップや字種拡張している。ヒラギノ明朝/ゴシック、小塚明朝/ゴシック、筑紫明朝/ゴシック、游明朝/ゴシックなど、新しく開発された書体も多い。また、秀英明朝/ゴシック、凸版文久明朝/ゴシックといったような大手印刷会社が保有している書体の改刻も相ついでいる。
さらには、「ニュアンス系明朝体」と名付けている近代明朝体のバリエーションもある。ニュアンス (nuance)とは、言葉などの微妙な意味合い、色彩・音色などの微妙な差異のことをいう。微妙な差異のある近代明朝体ということだろうか。最近では、「エキセントリック系明朝体」というべきものまで出てきて賑やかなことである。このような新奇な明朝体まで含めると、まさに近代明朝体花盛りといった状況である。
そんななかで、欣喜堂で新しく近代明朝体/近代ゴシック体を開発するメリットはない。むしろ、技術的なことや字種・字数の点でのリスクは大きい。販売ということからも、零細企業で太刀打ちできることではない。たとえ書風や品質に自信があったとしても、経営的にはどうにもならないだろう。
欣喜堂が本文用を志向していることに違いはない。ただし現状の近代明朝体中心から脱して、本文書体の可能性を拡大させることが社会的な役割だと考えている。それでも「漢字書体二十四史」と銘打っている以上は、近代明朝体もラインナップに入れておきたかった。

『旧約全書』(美華書館、1865年)
ウィリアム・ギャンブル(William Gamble 姜別利、1830−1886)は、中国語の印刷技術に大きな功績を残しているが、最大の功績が木製種字と電鋳母型という活字製造法を考案したことにある。この方法で製造された五号活字をもちいて印刷された書物が『旧約全書』である。

『座右之友』(東京築地活版製造所、1895年)
『座右之友』所載の「五號明朝」は、美華書館の明朝体を継承し、改良したものと考えられる。

『中国古音学』(商務印書館、1930年)
商務印書館は当時の美華書館の責任者ジョージ・F・フィッチ(費啓鴻)の援助で設立した出版社である。1900年には日本人経営の修文書館の設備と技術を吸収した。日中合資となり、多くの書物が出版された。

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『中国古音学』は張世禄の著作で、1930年(民国19年)に 商務印書館から『国学小叢書』の一冊として刊行された。本文は近代明朝体である。『旧約全書』に比べると、より洗練されて味わい豊かな近代明朝体となっている。
この書物の本文漢字書体を参考に「上巳」として試作している。

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posted by 今田欣一 at 08:40| Comment(0) | 活字書体の履歴書・第6章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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