2020年10月15日

「KOさくらぎ蛍雪M」のものがたり4

欧字書体「K.E.Virgo-Medium」のはなし

リン・ボイド・ベントン(1844–1932)といえば、機械式活字父型(母型)彫刻機(略称ベントン彫刻機)の発明で知られているが、活字書体開発にも携わっている。その代表的な活字書体がテオドール・ロゥ・デ・ヴィネ(1828–1914)と共同で作った「センチュリー(Century)」である。
デ・ヴィネはアメリカ活字版印刷業組合の初代会頭をつとめた人で、彼の経営するデ・ヴィネ・プレスは技術と品質のたかさで知られていた。センチュリーは、デ・ヴィネ・プレスが印刷していた雑誌『センチュリー・マガジン』のための専用書体としてデ・ヴィネが設計し、リン・ベントンがみずからの彫刻機をもちいて1895年に作られた。
センチュリーは、のちに膨大な数のセンチュリー・ファミリーへと展開された。日本でも太平洋戦争前から英語教科書に使われ続けてきた書体であり、いまなお多様な媒体で綿々と使われ続けている。
そこで『アメリカ活字鋳造会社活字書体見本帳』(1906年)所収の組み見本から抽出したキャラクターをベースに、日本語組版に調和するように制作したのが「K.E. Virgo-Medium」である。

2020年10月16日

「KOさくらぎ蛍雪M」のものがたり5

日本語書体「さくらぎ蛍雪」の誕生

「KOさくらぎ蛍雪M」は、「KOまどか蛍雪M」「KOはなぶさ蛍雪M」とともに、2006年3月に発売した。欧字書体は K.E.Virgo-Medium ではなく、K.E.Taurus Medium と組み合わせた。
「和字スクールブック、清朝体、オールドローマン」の組み合わせを基本としている。清朝体は、清代の木版印刷字様なので、和字書体は明治期以降の教科書に用いられた楷書体と組み合わされた「和字スクールブック」のカテゴリーと合っていると思う。
「さくらぎ」のほかに、「和字オールドスタイル」カテゴリーに属する「はなぶさ」、「まどか」との組み合わせを考えた。いずれも「和字書体三十六景」に含まれている。「まどか」はもともと楷書活字と組み合わされていた。「はなぶさ」は近代明朝体と組み合わされていたが、清朝体との相性がいいと思われる。ほかに「まなぶ」や「しおり」と組み合わせてもいいだろう。

KOまなぶ蛍雪M★
KOさくらぎ蛍雪M
KOしおり蛍雪M★
KOはなぶさ蛍雪M
KOまどか蛍雪M
KOふみて蛍雪M★
(★印は未発売)


2020年10月19日

「KOくらもち銘石B」のものがたり1

和字書体「くらもち」のはなし

欧字書体としてのゴシック(Gothic)は、『Book of Specimens』(平野活版製造所、1877年)に見られる。現在では一般的にサン・セリフと呼ばれるカテゴリーに属する書体である。漢字書体としてのゴシックでは、『座右之友』(東京築地活版製造所、1895年)に掲載された「五號ゴチック形」がある。欧字書体の名称からヒントを得たのだろう。和字書体でも「ゴシック体」と呼ばれている。
東京築地活版製造所は1903(明治36)年11月1日に、わが国の活字版印刷史上最大規模の438ページにもおよぶ見本帳を発行している。この見本帳の編輯兼発行者は第五代目社長の野村宗十郎(1857–1925)である。
この見本帳に掲載された「五号二分ノ一ゴチックひらがな」は、和字ゴシック体という名称で見本帳に登場した初期の書体であろう。ゴシックという名前がついてはいるが、現在考えられるようなデザインではない。毛筆の名残が残った、和字アンチック体とも取れるようなものであった。
最初はあまり魅力を感じなかった。しかも二分の一サイズの活字として制作されていたものである。ゴシックという名称がついていたので気になっていたが、あらためて観察すると、素朴な味わいが感じられた。
そこで正方形に近づけて字面も合わせて設計してみると、これはいいかもしれないと思い直した。この書体を制作することにした。それが「くらもち」という書体である。

2020年10月20日

「KOくらもち銘石B」のものがたり2

漢字書体「銘石」のはなし(前)

和字書体と組み合わせる漢字書体の選択肢が少ないので、あらかじめ組み合わせて使用できる漢字書体を制作することにした。中国・東晋代の代表的な墓誌銘(銘石体)、その名もずばり「銘石」を制作することにした。

「銘石」という漢字書体は、中国・南京市博物館で所蔵されている「王興之墓誌」(341年)ならびに「王興之妻宋和之墓誌」(348年)を参考にして制作した書体だ。日本のゴシック体に似ているが、この墓誌銘は1965年に南京市郊外の象山で出土しているので、まったく無関係であることは明らかだ。ルーツではないのだが、キャッチフレーズとしては「古代呉竹体」と言いたい。
三国時代の魏の武帝・曹操は205年に「立碑の禁」を出した。西晋の武帝・司馬炎も「石獣碑表」をつくることを禁じた。これらは当時の厚葬の習慣を戒めたものだ。「立碑の禁」が出て以来、碑を立てるかわりに小さな「墓碑」を墓の中に埋めるという形式が行われるようになった。
東晋になると地中の「墓碑」はなくなり、碑における事跡の部分だけを、石板や、粘土を固く焼き締めた「磚」に彫りつけて、柩とともに埋める「墓誌銘」という形式が出現するようになった。
この「墓誌銘」のうち、『王興之墓誌』などにもちいられた書体をとくに「銘石体」という。東漢の隷書体から北魏の真書体へ向かう中間書体といわれており、彫刻の味わいが加えられた独特の書風だ。
「銘石体」は「ゴシック体」のルーツではない。が、ルーツだと思わせる形象だ。「銘石体」は優れた古典書体だ。魅力的である。だからこそ活字書体化をはかりたいと思った。
「銘石」は、和字書体の「くれたけ」などのゴシック体と欧字書体とのサン・セリフ体との混植を考慮にいれた。その前提で、文字の大きさや太さをそろえることにした。日本語の漢字書体は、和字書体、欧字書体との組み合わせも考えなければならない。

制作にあたっては『墓誌銘(一)』(蓑毛政雄編著、天来書院、2001年)所載の拓本を参考にした。この本は、臨書用シリーズの中の1冊として出版されている。

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2020年10月21日

「KOくらもち銘石B」のものがたり3

漢字書体「銘石」のはなし(後)

ある学生さんから「銘石」の書体設計に関しての質問があった。

Q1 経験として、復刻の文字はどうやってもとのスタイルを守るでしょうか? 大切なポイントはなんでしょうか?
A1 原資料の書風を掴み取ることだと思います。細部の形状にとらわれると誇張して解釈することになるので、できるだけ全体を見ることにしています。

Q2 フォントの統一、スタイルの維持についてはどうやっていますか?
A2 復刻には二種類あります。現代の活字書体で全字種が揃っている場合には、すべての字種をスキャンして、そのままのイメージでアウトライン化をします。木版印刷のような場合には、まず資料の一ページをスキャンして、そこで書風を掴み取った上で、字種を拡張していきます。前者を復刻、後者を翻刻とすることもあります。「銘石」は後者で、いつでも元の資料を手元に置いて、確認しながら作業を進めるようにします。

Q3 文字の復刻するとき、最初は基本的なストロークとパーツ(へんとつくり)を設定してから、他の文字はパーツとパーツを組み合わせるというようなデザインしますか? あるいは一文字ずつ作っていますか?
A3 設計プロセスとして、書体見本字種(12字)は一字ごとに制作します。それをもとに基本字種(400字)に拡張します。この基本字種(400字)をベースにして、作字合成リストに基づいて偏や旁を組み合わせています。

Q4 古代の書籍の原資料(「王興之墓誌」)に基本のパーツがないとき、どうするでしょうか? そして、その骨組みはどうするでしょうか?
A4 最初の試作で書風を掴み取った上で、基本字種(400字)に拡張するときに類推して制作しています。結果として、現代の書体で馴染みのある骨組みになることが多いようです。

Q5 もし同じ文字で、原資料では二つ以上の違う様子があったら、どうするでしょうか?
A5 資料全体の書風を見て、よりイメージが合うものを選択しています。場合によっては、その中間をとることもあります。

Q6 復刻について最も難しいことはなんでしょうか?
A6 原資料の書風と、現代の書体に求められる条件で、どのように折り合いをつけるかということです。できるだけオリジナルの書風を生かしたいのですが、太さ、大きさなどを合わせなければなりません。字体の問題もあります。その辺りが悩ましいところです。

Q7 書体見本字種12字と基本字種400字というのは、どのように決めていますでしょうか?
Q7 他社の制作方法がどういうものかはわかりませんが、各社それぞれで異なるのだと思います。欣喜堂独自で決めたものです。

Q8 同じストロークでは、いくつか違うものを作りますでしょうか? 例えば「銘石」では、「一」はいくつかの違う横線があります。先に異なる「一」を複数作り、そのなかから選んで文字を組み合わせますか?
A8 パーツを単純に組み合わせるという考え方はしていません。制作する文字によって、それぞれの結構を考えたうえで調整しています。

Q9 パーツの組み合わせは経験による判断でしょうか? 元資料の火偏の左の点は、「銘石」の火偏と反対になっています。私は原資料と同じでも違和感がないと思います。このような折り合いをつけるところはなぜでしょうか?
A9 私は現代の日本では違和感があると判断しました。立刀も同様ですが、このような判断にあたっては第三者の意見による場合があったと思います。

Q10 折り合いをつけるところはどうするのでしょうか? ルールがありますか?
A10 書体ごとにだいたいのルールを決めています。それは制作中でも揺れることがあります。全面的に見直すこともしばしばです。

Q11 前に、原資料に出ていない文字の骨組みの設定についての質問を聞きました。「銘石」で、骨組みの設定に新しいデザインがあります。例えば、ストロークのサイズと太さは原資料に比べて違いますし、「射」「僕」の書き方とも変わっていますし、「侍」「尚」「書」の抱懐と重心はほとんど違いますし、このような骨組みの調整は、可読性と黒さのために考えていますでしょうか? あるいは他の原因がありますでしょうか?
A11 読む人が判別しやすいことを優先して考えています。全体的な統一、ほかの文字との兼ね合いということがあると思います。

Q12 重心の維持は、どのような科学的な方法がありますか?あるいは、自分の目で判断しますか? メインはどちらでしょうか?
A12 見た目です。

Q13 デザインの時、参考の線と枠がありますか? 例えば、懐と重心の設定のために。
A13 ガイドラインは、書体ごとに設定しています。特に横線が右上がりになる書体では、斜めのガイドラインを設定しています。懐や重心というのは、ガイドラインとしては考えていません。

Q14 書体ができる前に、大体どのくらいのポイントのサイズでテストしていますか? なぜでしょうか?
A14 ポイントサイズではテストしていません。基本的にはQ数を使っています。私は本文用が主なので、10Q〜16Qです。

Q15 経験としての判断で、開発できるフォントの条件や基準はなんでしょうか?
A15 私は、カテゴリーごとに「代表的だと思う書体」を復刻しています。それが後世に継承するべきものだと信じています。

Q16 品質が良いフォントはどのような条件を持っていますか? あるいは、どのような基準でフォントの良いかどうかを判断しますか?
A16 品質とは何かというのがよくわかりません。私は、過去から広く言われている理論に基づいて、それに近づけるように努力しているだけです。いつまでも手探りです。