2020年08月10日

「ときわぎ」「きたりす」「みそら」のものがたり1

ギャラリー華音留から始まった

2014年の4月某日、東京・根津のギャラリー華音留で開催されていた「moji moji party No.6 写植機体験展」という催しにふらりと立ち寄った。そのとき、主催者である株式会社文字道の伊藤義博さんと、亮月写植室の桂光亮月さんとの会話の中で、ついつい年齢の話になった。
「もう半月ほどで、前の会社だったら定年なんですよねえ」
ふともらしたところ、伊藤さんから提案があった。
「それじゃあ、記念にイベントやろうよ。6月末に「moji moji Party No.7」を計画しているから、そのときなんかどう?」
こうして、生誕60周年記念の展覧会をしてもらえることとなった。まあ、一生に一度だけだから、ちょっと御輿に乗ってみるかというところだ。根津の路地裏にある落ち着いた雰囲気のギャラリーなので、ゆったりとした楽しい時間を過ごしていただけたと思う。

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moji moji party No.7
「今田欣一の書体設計 活版・写植・DTP」展

会期:6月24日(火)— 6月29日(日)
12時—19時(最終日は17時まで)
会場:東京・根津 ギャラリー華音留
主催 株式会社文字道
第1部
「活字への憧れ、写植との出会い」として、印刷物を額装したもののほか、活字、文字盤、パンフレットなどを展示。
第2部
「和字書体三十六景」「漢字書体二十四史」「欧字書体十二宮」および「ほしくずやコレクション」

『欣喜堂立志篇』で発表した書体(試作書体を含む)をポストカードにして額装したものが100枚以上を展示した。このときに初めて披露することになったのが「ほしくずや」のスタンダード書体というべき書体群「ときわぎ」で、「ときわぎロマンチック」「ときわぎアンチック」「ときわぎゴチック」に、もうひとつ「ときわぎクラシック」を加えた4書体という構想である。

2020年08月11日

「ときわぎ」「きたりす」「みそら」のものがたり2

和字ニュースタイル「ときわぎ」(2015年)

金属活字の書体から、明朝体・ゴシック体・アンチック体という主要三書体と調和する和字書体を制作した。これを「ときわぎ(常盤木)」クランと呼ぶことにする。
日本語書体において、一般的には明朝体・ゴシック体・アンチック体が主要3書体である。にもかかわらず、多くのメーカーが明朝体・ゴシック体のファミリー化までは熱心に進めるけれど、アンチック体となると、まるで興味を示さないのは残念なことだ。
「ときわぎロマンチック」「ときわぎゴチック」「ときわぎアンチック」は、近代明朝体と組み合わせる和字書体、ゴシック体と組み合わされる和字書体、アンチック体としての和字書体ということで、1950年代に印刷された金属活字にみられる力強くしなやかな雰囲気を醸し出すことを目標にして制作している。
「ほしくずや」のスタンダード書体というべき書体群「ときわぎ」のうち、「ときわぎロマンチックW3」「ときわぎアンチックW6」「ときわぎゴチックW6」の3書体を、2015年5月9日に発売した。
その基本となる「ときわぎロマンチック」の参考にしたのは、『右門捕物帖全集 第四巻』(佐々木味津三著、鱒書房、1956年)の本文に使用されている、力のある和字書体である。復刻ではなく、これを参考にしながら新しく画き起こした。「ときわぎロマンチックW3」は本文用和字書体である。漢字書体は「白澤明朝」、欧字書体は「Vrijheid Serif」と組み合わせることにしている。
「ときわぎロマンチック」をもとにして、「ときわぎゴチックW6」と、ときわぎアンチックW6」を制作することにした。「ときわぎゴチックW6」は小見出し用和字書体である。漢字書体は「白澤呉竹」、欧字書体は「Vrijheid Sans」と組み合わせる。「ときわぎアンチックW6」も小見出し用和字書体である。漢字書体は「白澤安竹」、欧字書体は「Vrijheid Slab」という組み合わせを想定している。
「ときわぎロマンチックW3」(2015年)
「ときわぎゴチックW6」(2015年)
「ときわぎアンチックW6」(2015年)
「ときわぎクラシックW3」(2019年)

2020年08月12日

「ときわぎ」「きたりす」「みそら」のものがたり3

和字モダンスタイル「きたりす」(2020年)

『タイプフェイスデザイン漫遊』(今田欣一著、株式会社ブッキング、2000年)に「欣喜アンチック」という書体を試作している。その章のタイトルは「悠久の持続性」という大げさなものだった。筆者はずっと和字アンチック体に注目していた。アンチック体といえば、辞書の見出しや漫画のふきだしに使われる程度だったが、広い範囲で使われる可能性を感じていた。
そこで和字書体三十六景のなかでは「ことのは」という復刻書体を制作し、字面を大きくした「おゝことのは」ファミリーとして展開させた。小学館の『例解学習国語辞典』のために「小学館アンチック」の制作を依頼されたこともあった。さらには和字書体十二勝の「みなもと」と「たまゆら」、ほしくずやコレクションの「ときわぎアンチック」を制作してきた。
私にとって、これらの和字アンチック体の原点にあるのが「欣喜アンチック」であった。それから20年経って、「欣喜アンチック」のセルフカバーで、和字書体「きたりすアンチック」として制作してみようと考えた。これを起点として、「きたりす」というグランドファミリーを構築し、「きたりすロマンチック」、「きたりすゴチック」を制作することにした。
札幌市円山動物園の「こども動物園」には、エゾリス、エゾユキウサギ、エゾモモンガといった北海道の小動物を植物とともに展示した「ドサンコの森」がある。『生態写真集 キタリス』(竹田津実著、新潮社、2019年)という本があるが、エゾリスはキタリスの亜種である。
「きたりす」のような新刻書体の場合には、書風のイメージから連想して付けている。当初は、北海道に生息している「えぞりす」(蝦夷栗鼠)を名前にしようと考えたが、どうも語呂が良くない。蝦夷栗鼠が北栗鼠の亜種であることから「きたりす」(北栗鼠)に落ち着いた。

「きたりすロマンチック」
「きたりすゴチック」
「きたりすアンチック」

2020年08月13日

「ときわぎ」「きたりす」「みそら」のものがたり4

和字コンテンポラリー「みそら」(2000年–2022年)

1970年代から1980年代にかけて、しばしば試みられていたのが現代的な明朝体、ゴシック体などに組み合わせられるように同一の筆づかい・まとめ方で設計した書体である。これは『レタリング 上手な字を書く最短コース』(谷欣伍著、アトリエ出版社、1982年)の本文に使われていた試作書体にもみられる。それをやってみようと思った。
「セイム」は、欧字書体のローマン体、漢字書体の現代明朝体と組みあわせる和字書体として、2000年に制作したものである。制作した当初、漢字書体は平成書体を念頭に考えていた。ウエイトは、W3、W5、W7、W9を制作することにした。つぎに、欧字書体のサンセリフ体、漢字書体の現代ゴシック体と組みあわせる和字書体として、2004年に「テンガ」を制作した。
平成明朝、平成ゴシックはあったが、平成アンチックは制作されていない。そもそも漢字書体のアンチック体は存在しなかったのだから仕方のないことだ。私のイメージとしては欧文書体の「スラブセリフ」に近いイメージだった。欧字書体のスラブセリフ体、漢字書体の現代アンチック体と組みあわせる和字書体として、2010年に「ウダイ」を制作した。

漢字書体を「白澤」書体としてバージョンアップする際に、グランド・ファミリー化して全体的な名称を「みそら(三空)」とした。「セイム」(みそらロマンチック)には「白澤明朝」を、「テンガ」(みそらゴチック)には「白澤呉竹」を、「ウダイ」(みそらアンチック)には「白澤安竹」を組み合わる。
「みそらロマンチック(セイム)」(2022年予定)
「みそらゴチック(テンガ)」(2022年予定)
「みそらアンチック(ウダイ)」(2022年予定)

2020年08月15日

「和字書体十二勝」のものがたり1

2018年5月10日、札幌駅のすぐ近くにあるイメージナビ株式会社を訪ねた。イメージナビ株式会社は、デジタル素材総合販売サイトdesignpocketを運営しており、欣喜堂書体のダウンロード販売を委託して、ちょうど10年目になっていた。

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和字書体十二勝(商品名:和字 Commanders 12)のダウンロード販売は、イメージナビ株式会社の運営する「designpocket」で、翌2019年3月1日に開始することになった。これに先立ち2月1日には発売の告知をしていただいた。
「designpocket」と同時に、株式会社ボーンデジタルの運営する「Font Garage」、株式会社アフロの運営する「Aflo Mall」、株式会社グッドファーム・プランニングの運営する「Font Factory」でも販売が開始された。
「和字書体十二勝」は、「和字書体三十六景」を補遺するものである。36書体および追加12書体としてもいいと思うが、わかりやすくするために「和字書体十二勝」としている。あまり知られていないが、1927年に新日本八景が選定されたときに日本二十五勝も選定されている。これに因んだ。

これまでCDパッケージ版での販売を委託していた株式会社朗文堂の運営する「robundo type cosmique」では、和字書体十二勝以降は取り扱いしないことになった。
これによりCDパッケージ版での販売は事実上終了し、ダウンロード方式での販売のみになった。2002年の和字書体三十六景第1集(商品名:和字 Revision 9)から17年間も継続していた株式会社朗文堂への販売委託がなくなった。