2023年08月20日

[追想4]工藤強勝さんのこと

写研在職中の1996年に、日本タイポグラフィ協会に個人会員として入会しました。写研の社員で日本タイポグラフィ協会の会員となったのは橋本和夫さん、布施茂さんに続いて3人目です。それまでは写研(法人会員)の担当者として委員会に参加していました。
個人会員として入会するために、工藤強勝さんに推薦人をお願いしました。私はどうも団体活動に向いていなかったようです。方向性の違いを感じるようになり数年後に退会してしまいました。推薦していただいたのに、申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

退会後も、いろいろお世話になりました。

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年賀状にはいつも暖かいコメントを添えていただいていました。2022年のデザイン実験室の年賀状には「ますらお」が使われていて、次のようなコメントが添えられていました。ありがたいことです。

あけましておめでとうございます。
この五、六年デジタルになってから数多の書体がリリースされていますが、殆ど使用したいものはありません。その点、今田さんの書体ファンとしては、今田さんのもののみ活かして使用します。今回は〝ますらお〟です。


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また、2017年の「第16回佐藤敬之輔賞」に際しては、工藤さんに推薦していただいたと伺っています。


ありがとうございました。



posted by 今田欣一 at 11:58| Comment(0) | 活字書体打ち明け話・4 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年08月26日

[追想4]モリサワのポチ……?

欣喜堂というブランド名で、現在、デザインポケット、アフロモール、フォントガレージ、フォントファクトリーというEコマーズ・サイトから販売しているほか、ウェブフォントとしてフォントストリームにも提供しています。
さらに、日本語フォントとして株式会社モリサワ、中国語フォント(簡体字・繁体字)として北京北大方正電子有限公司に、一部の書体を提供しています。契約の詳細は、それこそ守秘義務があるので言えませんが、デザインを勝手に変えない、書体名は共通にする、制作者名の明示ということで合意しています。

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株式会社モリサワに提供した時には、ある人から「写研を鼻にかけていたくせに、今度はモリサワのポチになったのか」と罵倒されました。いろいろ考えて、活字書体としてより広範囲で使用していただくために、最善な方向だったと思っています。
「タイプデザイナーは霞を食って生きるべし」と言われたことがあります。仙人じゃあるまいし、私にはそういうことはできません。収入がなければ生活が成り立ちません。生活費だけではなく、設備にも費用がかかるし、資料集めにも費用がかかります。
それでもタイプデザイナー専業で生きていく道を進んできました。何か主たる仕事があって、片手間に制作した書体を無償で頒布していくということでしか、職種として成り立たないのではさびしすぎます。
posted by 今田欣一 at 08:33| Comment(0) | 活字書体打ち明け話・4 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年08月29日

[追想4]「欣喜堂? 間違いじゃないの?」

『改訂版 実例付きフォント字典』(パイインターナショナル、2018年)に、「欣喜堂」というブランド名で、当時発売されていたすべての書体見本が掲載されました。これはたいへん喜ばしく思いました。

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ところで、それ以前の『文字とビジュアルのいい関係グラフィックス』(ピエ・ブックス、2008年)でも「欣喜堂」として掲載されていますが、その編集をされているときに、
「欣喜堂? 間違いじゃないの?」
という関係者からの問い合わせがあったようです。
朗文堂はブックコスミイクという自主流通の書籍の委託販売と、タイプコスミイクというデジタルタイプの委託販売を取り扱っています。タイプコスミイクでは、欣喜堂のほかにも、株式会社モトヤ、有限会社字游工房、タイポデザインアーツなど、各社のデジタルタイプの委託販売をしていました。
フォントデータは朗文堂タイプコスミイクのCD収録のものとEコマーズ・サイト(デザインポケット、アフロモール、フォントガレージ、フォントファクトリー)からDLしたものとは全く同じものです。フォント内部の情報でも「有限会社今田欣一デザイン室」「Kinichi Imada Design Studio Inc.」と記しています。
朗文堂タイプコスミイクのCDジャケットにも、同じように「書体設計は欣喜堂によるもの、販売は朗文堂タイプコスミイクによるもの」と明記されています。
Eコマーズ・サイトでの委託販売については「委託販売契約」を締結しており、個々のフォントについては別途文書を提出し、また追加や除外も同様にできるように決められています。また、双方合意の上で、定価、仕切り率が決められています。
ところが、朗文堂の場合には「委託販売契約」を締結していませんでした。存在するのは「和字Revision 9」の「覚え書き」だけです。

「和字Revision 9」所収の9書体の和字の原字著作権は甲に帰属します。甲がほかの書体開発会社にたいして「和字Revision 9」所収の9書体のすべて、あるいはその一部書体のデータを供給することは自由です。

「和字Revision 9」以降の書体は、これを踏襲することが暗黙の了解でした。「書体開発会社」とは、モリサワやフォントワークスなどのメーカーを指しています。甲(有限会社今田欣一デザイン室)が、Eコマーズ・サイトから販売することはまったく問題のないことです。

なぜ「欣喜堂? 間違いじゃないの?」という疑問が生まれたのでしょうか?
おそらく『基本日本語活字見本集成』(誠文堂新光社、2007年)、『フォントスタイルブック』(ワークスコーポレーション、2008年)、『フォントブック 和文基本書体編』(祖父江慎監修、毎日コミュニケーションズ、2008年)と『フォントブック 伝統・ファンシー書体編』(祖父江慎監修、毎日コミュニケーションズ、2009年)などで、「朗文堂」として掲載されていたことにあるのではないかと思います。

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とりわけ『フォントブック 和文基本書体編』においては、川越の書店で見つけて、欣喜堂の書体が「朗文堂」として掲載されていることを確認しました。これでは「朗文堂がタイプデザイナーの今田欣一に発注して制作した」という誤解が生じてもおかしくはありませんね。
困ったことには、フォント販売サイトの取り扱いメーカーにも「朗文堂」と書かれてしまっています。Eコマーズ・サイトでの販売は、朗文堂は全く関わっていません。この件を編集者に話しましたところ、改訂版を作成するときに訂正するとのことでした。

『改訂版 実例付きフォント字典』以降は、やっと「欣喜堂」というブランドが定着してきたということでしょうか?
posted by 今田欣一 at 08:15| Comment(0) | 活字書体打ち明け話・4 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年08月31日

[追想4]読書経験と活字書体を見る目

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『本の虫の本』(田中美穂ほか著、創元社、2018年)、『本のリストの本』(正木香子ほか著、創元社、2020年)の本文に「たおやめM」が使われていることについて、takumi氏がSNSに次のような投稿をしていました。実際にその本を読んだ上での感想だろうと思います。

本文で読ませる文字として使うにはシンドイ感じがします

「たおやめM」は、昭和初期に広く使われてきた活字書体をもとにして再現した書体です。本文で使われていた書体を復刻したにもかかわらず、「本文で使うにはシンドイ」と感じるのはなぜなのでしょうか。

正木香子さんは、『本を読む人のための書体入門』(正木香子著、星海社、2013年)のなかで、「たおやめ」の原資料となった活字書体について次のような感想を書かれています。

子供のころは、こういう文字をみるとなんだか古い鏡の中にお化けが映っていそうな気持ちがしてこわかったのに、大人になってから急に愛着が増した書体です。
おしろいの匂いみたいな大人っぽさが、いつの間にか等身大に感じられるようになったのかな。お化けも、女も、似たようなものかもしれないけれど。

読む人の年齢や読書経験によって、その書体に対する印象が変わってくるのかもしれませんね。
posted by 今田欣一 at 09:00| Comment(0) | 活字書体打ち明け話・4 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年09月05日

[追想4]合成作字していますけど?

漢字書体の制作について、ある人から、
「タイプデザイナーは偏と旁を組み合わせて合成作字している。一字一字、その意味を考えながら、気持ちを込めて制作すべきだ」
と言われました。うーん。活字書体に制作者の気持ちを乗せられてもなあ。読む人にとっては、そんなことを考える人はいないでしょう。
よく言われる「空気のような、水のような」、ストレスを感じない活字書体が理想とされています。私は、ストレスのない程度に心地よい揺らぎがあっても良いのではないかと思い、「そよ風のように、さざ波のような」ということを心がけています。いずれにせよ、活字書体は芸術作品ではなく、実用性が第一なのです。
活字書体は、書写の手間を省くために合理化する目的で考えだされたものです。「用の美」という表現がありますが、工業製品として効率よく制作することが望まれます。

合成作字は、多くのタイプファウンドリーで取り入れられている手法です。『印刷文字の生成技術 書体設計・字游工房の場合』(森啓編著、女子美術大学、2010年)では、「游明朝体の漢字」を例に、制作手順が語られています。

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字游工房では書体見本12文字に続いて、第2次規準400字を制作するようです。この400字は字種も公開されていますが、代表的な偏・旁・冠・脚・垂・繞・構がふくまれており、おそらくこの400字+12字を元に合成作字することで、書体としての完成を目指すのではないかと思われます。
ちなみに写研では、第1書体見本12字、第2書体見本11字、雛形字種289字を作成した後、これを元に、合成作字のリストに従って字種を拡張していました。欣喜堂では少し曖昧になっていますが、基本的には、書体見本12文字と先行制作字種約300字を元に、合成作字のリストに従って字種を拡張しています。
他社のことは承知していませんが、同様の方法で制作しているところもあるように思います。
posted by 今田欣一 at 08:23| Comment(0) | 活字書体打ち明け話・4 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする