2023年09月03日

[追想5]真逆のベクトル

第165回芥川賞受賞『貝に続く場所にて』(石沢麻衣著、講談社、2021年)のジャケット、帯に「SDときわぎロマンチックW3」が使われています。装幀は川名潤さんです。

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『フォントのはなしをしよう』(パイインターナショナル、2021年)は、「ブックデザインとフォント」、「ブランディングとフォント」、「雑誌、ウェブとフォント」というフィールドで活躍されているグラフィックデザイナーのインタビューで構成されている。「ブックデザインとフォント」の中のひとり川名潤さんのインタビューで、「SDときわぎロマンチックW3」が取り上げられている。

好きなフォントは、欣喜堂の今田欣一さんの書体です。たとえば〈SDときわぎロマンチック〉という書体。綺麗な明朝体ですが、ディテールがギスギスしていて好きなんですよ。(中略) 欣喜堂の書体は古い書体に元ネタがあって、活字時代の筆の運びが残っているところが好きなんです。

「SDときわぎロマンチックW3」の元ネタというのは、『右門捕物帖全集第四巻』(佐々木味津三著、鱒書房、1956年)です。「西武古本市」でたまたま見つけて、今では見られない力強い本文書体に魅了され、これを復刻したいと思って購入したのでした。
この活字書体を誰が制作されたのかはわかりません。60年以上前には、多くの書籍で使われ、多くの人々に親しまれてきた書体だと思います。今は継承されていないこの魅力的な書体を蘇らせることにしたのです。

一方で、川名さんは「今までに見たことのない」新奇な書体にも目を向けているようです。

それとはおそらく真逆に、まったく新しい書体の形を模索しながら作られている、フォントワークスの藤田重信さんの書体を使うことも多いです。マンガの装幀では藤田さんの〈筑紫Cオールド明朝〉を使います。絵に負けない書体というか、絵が強いから、藤田さんのグイグイ来る書体もフィットするのかもしれません。

今田さんと藤田さんの書体を混植することもありますが、真逆のベクトルで作られていると思うので、罪の意識にかられます(笑)。

まさに!(笑)
posted by 今田欣一 at 11:03| Comment(0) | 活字書体打ち明け話・5 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年10月09日

[追想5]フォントの品質

SNSに、フォントの品質についての投稿で、品質を判断する条件として、次の4項目が挙げられていました。

収録字数が多い
ファミリー(ウエイト)が揃っている
カーニング情報が優れている
メーカーに信頼性がある

欣喜堂で発売している活字体は、いずれの項目も満たされていません。すなわち品質が悪く、完成度も低いとみなされてしまうようです。

収録字数の課題
OpenTypeフォントの製品においては、アドビシステムズ社が日本語DTP用に開発したAdobe-Japan1が事実上の基準となっています。一九九〇年代に定義された1-0から最新の1-7まで、順次字数が追加されています。
欣喜堂の「龍爪」「金陵」「蛍雪」「銘石」は、Adobe-Japan1-1にほぼ(不足あり)準拠しています。90JIS(JIS第一水準・第二水準漢字)に対応しており、8359グリフです。「陳起」「志安」「武英」「方広」は、Adobe-Japan1-3(Std)にほぼ(不足あり)準拠しています。Adobe-Japan1-1にIBM選定文字、記号などが追加された9354グリフです。
本文用フォントとしては、Adobe-Japan1-7(Pr6/Pr6N)に準拠することが必要とされます。JIS2004(JIS第三・第四水準漢字)と補助漢字(JIS X 0212:1990)をカバーしています。23060グリフあります。
Adobe-Japan1-7(Pr6/Pr6N)に対応するにはかなり敷居が高いので、まずはAdobe-Japan1-3(Std/ Std N)に完全対応できるようにしたいと思います。

ファミリー
ファミリー(ウエイト)もフォントの完成度の条件になってきています。欣喜堂では次のようにウエイト(太さ)の段階を設定しています。「日本語書体八策」「日本語書体三傑」でファミリーの試作をしています。

W1 Tn(シン=Thin)
W2 L(ライト=Light)
W3 M(メディウム=Medium)
W4 Tk(シック=Thick)
W5 DB(デミボールド=Demi Bold)
W6 B(ボールド=Bold)
W7 EB(エクストラボールド=Extra Bold)
W8 UB(ウルトラボールド=Ultra Bold)
W9 Bk(ブラック=Black)
W10 H(ヘビー=heavy)

能力不足で、これをすべて制作することができません。
このなかでは金陵M/Bが発売済です。さらに銘石Bのファミリーとして銘石Mを制作中です。ファミリーといっても銘石Bは見出し用ですが、銘石Mは本文で使えるように筆法・結法を大幅に見直しながら進めています。

カーニング
カーニングについても対応できていません。「日本語書体八策」の武英については欧字書体の一部の組み合わせで実施していますが、和字書体は実施していません。少しずつ対応していきたいと思っています。

メーカーの信頼性
零細タイプ・ファウンドリーでは知名度も高くなく、技術的にも信頼性に欠けていると思われるのが現実です。ダウンロードサイトと連携をとりつつ、バージョンアップなど、こまめに対応していきたいと思います。
posted by 今田欣一 at 20:44| Comment(0) | 活字書体打ち明け話・5 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年10月14日

[追想5]ライセンス(使用許諾)について

有限会社今田欣一デザイン室のデジタルタイプの使用許諾について、ウェブサイトのページに次のように記載しています。

使用許諾
有限会社今田欣一デザイン室は、OpenTypeを購入された方に、以下の条件のもとで使用を許可します。
1 このデジタル・タイプの著作権などの一切の権利は、有限会社今田欣一デザイン室に帰属しています。購入された方は、購入によって使用権を得るだけとします。
2 購入された方は、一台の機器にかぎって使用することができます。一台の機器のみにインストールしたものであれば、複数人で使用してもかまいません。
3 デジタル・タイプの複製、改変、配布することは禁じます。購入された方が所有する機器以外で第三者が使用することは禁じます。デジタル・タイプのデータを含むゲームなどの販売・配布することは認められません。
4 デジタルタイプを使用した際に発生した機器およびソフトウエアの故障、誤動作、誤出力、ウイルスへの感染などに関して、有限会社今田欣一デザイン室は責任を負わないものとします。


この使用許諾は、プロフェッショナル(法人・個人)を主な対象にしたものです。この中で「一台の機器にかぎって」ということについて提案していただいていますので検討していきたいと思います。

商用と個人使用

欣喜堂ブランドでの販売において、個人の(プロではない)新しい顧客層の獲得を目指したいと思っています。ただ、ブランドイメージは守りたいので、売れ筋とは逆行しますが、ポップ的な方向ではなく、同人誌などの本文がメインであることは変わりありません。
現実的に、欣喜堂ブランドでの販売は、法人よりも個人が多くなっています。また法人においてもデザインを専業としない企業の方が増えています。職種別においても、いわゆるクリエイターではない人が、クリエイターの売上を超え、今なお成長が続いているようです。
スマートフォンやタブレット、電子書籍リーダーでの利用も増えているようです。特に若い世代を中心にPC(WindowsやMac)だけではなく主にタブレットやスマートホン(iPhone/iPad)でフォントを使ってクリエイティブを行うケースが増えています。そうなると、個人での使用の場合には「一台の機器にかぎって」ということでは現状に合わなくなっているのかもしれません。
また、PCのインストールではなく、Canvaなどのオンラインのデザインツールでの利用もあるそうです。これは各サービスのユーザーマイページよりサーバーにアップロードすることでそのユーザーだけが使えるようになるというもので、こういった利用の仕方への対応も考えていく必要があるのかもしれません。
posted by 今田欣一 at 14:48| Comment(0) | 活字書体打ち明け話・5 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年11月06日

[余聞5]DL販売の時代


CDパッケージとして発売されなくなって、現在はすべてダウンロードでの販売に切り替わっています。委託しているE-Commerceサイトは、デザインポケット、アフロモール、フォントガレージ、フォントファクトリーの4サイトです。
とくにCDパッケージでは発売されていない活字体セット12種については、販促用にポストカードを制作しています。


[和字書体十二勝]

和字Commanders 12

『子規に学ぶ俳句365日』(週刊俳句編、草思社文庫、2017年)から、3月31日の句として取り上げられている正岡子規の俳句「カナリヤは逃げて春の日くれにけり」を、漢字をひらがなにして組んでみました。


[総合書体]

臨安宋朝体 陳起M Combination 3
臨安宋朝体 陳起B Combination 3
福建元朝体 志安M Combination 3
過渡期明朝体 武英M Combination 3
中世安竹体 方広BK Combination 3
中世安竹体 方広M Combination 3

『日本のタイポグラフィ』(佐藤敬之輔著、紀伊國屋書店、1972年)の「文体にふさわしい書体」を参考にして、三島由紀夫著『文章読本』(中公文庫、初版1973年、改版1995年)で紹介されている文章から組み見本を作ることにしました。
「臨安宋朝体 陳起M・B」は、森鴎外『寒山拾得』の冒頭部分、「福建元朝体 志安M」は近松門左衛門『曽根崎心中』の「天神森の段」冒頭部分です。『寒山拾得』は「第三章 小説の文章」で、『曽根崎心中』は「第二章 文章のさまざま」で紹介されています。
「過渡期明朝体 武英M」は岡本かの子『花は勁し』の冒頭部分、「中世安竹体 方広M・BK」は織田作之助『夫婦善哉』の引用部分です。『花は勁し』、『夫婦善哉』ともに「第七章 文章技巧」で、前者は比喩的表現、後者は擬音詞(オノマトペ)の例として批評されています。

古代呉竹体 銘石M Combination 3

「古代呉竹体 銘石M」もCDパッケージでは発売されていないので、このポストカードも作ることにしました。梶井基次郎『蒼穹』からの引用部分で、「第三章 小説の文章」と「第七章 文章技巧」の自然描写の両方で取り上げられています。


[ほしくずやコレクション]

和字Southern Cross 4
和字Big Dipper 3+3
和字Blue Comet 3+4+4
和字Milky Way 4+3+4

ほしくずやコレクションは、もともとCDパッケージでは発売されていなかったので、ここでまとめてポストカードにすることにしました。
「和字Southern Cross」は、『三好達治全集 第一巻』(筑摩書房、1964年)所載の詩集『間花集』より三好達治の四行詩「夜明けのランプ」を、「和字Big Dipper」は、『白秋全集6』(岩波書店、1985年)所載の歌集『桐の花』より北原白秋の短歌二首を、漢字をひらがなにして組んでみました。
「和字Blue Comet」は『子規に学ぶ俳句365日』から7月1日の句として取り上げられている「ひと匙のアイスクリムや蘇る」を、「和字Milky Way」は6月30日の句として取り上げられている「夏草やベースボールの人遠し」を、漢字をひらがなにして組んでみました。

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欣喜堂・活字入門帖、欣喜堂・書体見本帖、欣喜堂・組み見本帖


posted by 今田欣一 at 19:54| Comment(0) | 活字書体打ち明け話・5 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする