2025年12月21日

北京へ-1992年からのものがたり-

初めて北京を訪れたのは1992年夏のことだった。

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JTB旅物語「ゆったり上海・桂林・西安・北京9日間の旅」というツアーで、北京に3泊した。8月1日が北京市内の観光で、定番コースと言える天安門広場、故宮博物院、天壇公園を巡った。
天安門から入り、端門、午門を経て太和門を過ぎると、外廷の三大殿である太和殿、中和殿、保和殿がある。とりわけ太和殿の豪華さは群を抜いている。皇帝の即位式、元旦、天子の誕生祝いなどの慶典や、詔の発布などの重要式典が行われた。
夜は「人人大酒樓」で中華料理。菜譜と見比べ確認しながら舌鼓。中国音楽の生演奏にムードはさらに盛り上がる。梨園劇場での京劇見物で、中国旅行最後の夜を楽しんだ。
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2009年に、『活字書体の基礎講座』という記事を欣喜堂ウェブサイトに書いていたところ、劉慶さんが中国語に翻訳して、The Typeという中国語サイトに掲載してくれた。その記事がきっかけで、北京北大方正電子有限公司に欣喜堂の「漢字書体二十四史」に注目していただくことになった。
北京北大方正電子有限公司の黄さんと最初に会ったのは、2011年8月のことだった。提携して簡体字および繁体字の書体を制作したいという提案があった。これがスタートだった。
漢字書体は、北京方正との提携によって実現していくことになった。
2012年1月には北京方正が主催の書体コンペに招待されて、表彰式会場で「今田欣一の書体設計-漢字と和字-」と題して講演をした。
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2012年4月から1年間半、ちかくの公民館で「中国語会話入門」講座を受講した。簡単な自己紹介ができればいいかなと思った次第だ。1年目は白帝社の中国語初級テキスト(CD付)に沿って進められた。
受講者は10名だったがだんだん少なくなり、最後は5名ぐらいになった。2年目は同じく白帝社の中国語中級テキスト(CD付)で進められる予定だったが、受講者が少なくなり、講座自体が消滅してしまった。
その当時覚えていたことも、今はすっかり抜けてしまって何にも思い出せない。結局一言も話すことができないのだ。テキスト2冊が記念の品となってしまった。
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2016年1月に、まず「方正龍爪」「方正金陵」「方正蛍雪」がリリースされた。それを記念するイベントに招待されて、「漢字書体の温故知新」と題する講演をした。また北京方正の書体制作スタッフの皆さんとの懇談会に参加することができた。

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続いて「方正銘石」「方正志安」がリリースされた。

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2024年11月、東京では初めての方正字庫のイベントが開催され、「方正陳起」「方正武英」のポスターが展示された。

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「漢字書体二十四史」のうち、「日本語書体八策」として発売している8書体については、日本語の漢字字種を提供することで、方正字庫によって繁体字(Traditional Chinese character)版、簡体字(Simplified Chinese character)版として開発された。
さらに「漢字書体二十四史」のうち日本語書体として制作されていない16書体および「漢字書体十二州」の12書体、計28書体は、欣喜堂の企画・立案ということで、方正字庫で開発されることになった。

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(聚珍仿宋版活字体の制作者、丁輔之)

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posted by 今田欣一 at 22:50| Comment(0) | 活字書体の履歴書・別章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年12月22日

ロンドンへ-1990年からのものがたり-

初めてロンドンを訪れたのは1990年夏のことだった。

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オックスフォードへの海外出張の帰りに、ロンドンに一泊した。有名な観光地には行かず、ロンドン在住の知人に案内してもらって、同行の関志信さんとともに、デパートや書店、ギャラリーなどを巡って一日が終わった。
翌朝はケンジントン・ガーデンズを散策。なぜかTシャツで来てしまい、すごく寒かったことだけが記憶に残っている。
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2017年夏、ロンドンにあるタイプファウンダリー、ダルトンマーグ(Dalton Maag Ltd.)のマーク・ショー(Mark Show)さんから仕事のメールが届いた。英語と、翻訳された日本語が添えられていた。英語があまりわからない私でもその内容を理解することができた。
機密保持契約の関係で具体的なことは差し控えるが、わたしは英語がわからないので翻訳ソフトを使って返信した。デザインに関することなので、図示を駆使してなんとかコミュニケーションがとれたようだった。
もちろんわたしが欧字書体を制作するということはなく、欧字書体と日本語書体とのマッチングについての意見を求められた。
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モノタイプ(Monotype Imaging inc.)の本社はアメリカだが、世界13ヶ国にオフィスを構える世界最大のタイプファウンダリ―となっている。ロンドンにもオフィスが置かれている。

もともとのモノタイプ(Monotype Corporation Ltd.)のロンドン支社においては、スタンレー・モリソン(1889–1967)を中心として、印刷術の初期段階から18世紀後半にかけての復刻書体が作られた。

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フォントワークス株式会社が2023年にモノタイプの傘下に入ったことで、2024年末にモノタイプと契約することになった。モノタイプには欣喜堂制作の復刻書体のオリジナル(本家)がある。
わたしが欧字書体を制作しているのは、日本語書体の中にラテン文字、ギリシャ文字、キリル文字が標準で組み込まれていて制作する必要があるからだ。そうであれば、和字書体・漢字書体と同じように、欧字書体も復刻書体であるべきだと考えた。
欣喜堂の欧字書体は、あくまでも日本語書体の中で混植して使用する目的で作っている。日本での使用を前提にしてローカライズするということなのだ。そういう役割が求められているのである。
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日本国内でも、さまざまな場面で多言語化が求められている。観光パンフレットや案内表示などで、英語はもちろん、フランス語、ドイツ語、イタリア語、スペイン語、ポルトガル語、オランダ語、ロシア語に至るまで多様である。


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欣喜堂の「欧字書体十二宮」「欧字書体四天」「欧字書体三光」は、日本語書体に組み込まれるのが主目的だが、決して従属しているのではない。

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posted by 今田欣一 at 17:29| Comment(0) | 活字書体の履歴書・別章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする