2021年01月21日

回顧 札幌2020

新型コロナウイルス感染症(COVID–19)が世界中に蔓延した2020年。緊急事態宣言が出され、外出自粛が要請された。毎年5月に計画していた札幌出張は断念せざるを得ない状況となった。
イメージナビ株式会社の運営するdesignpocketでは、「新型コロナウイルス感染症・対策セール」を、2020年5月18日から6月18日まで開催することになった。

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札幌の新聞社、北海タイムス社の本社ビルは、札幌・大通公園の西端の南側にあった。北海タイムス社は倒産したが、本社ビルはタイムスビルとして現存している。そういえば北方書院という出版社は大通公園の東端の北側にあったということを思い出した。
外出自粛が続く中、以前読んだ『北海タイムス物語』(増田俊也著、新潮社、2017年)を読み直してみた。北海タイムス社を舞台にしたこの小説には、光学式電算写真植字機サプトンが登場する場面がある。

萬田さんがガラスで仕切られたコンピュータ室のようなところへ近づいた。中で三人が作業している。
「ここがサプトン室。写研[しやけん]という会社が開発したサプトンという自動写植システムだ。ほら、ここに細長い紙が出てきているだろ。これが新聞で使うそのものだ。原寸大」


電算とは電子計算機の略で、コンピューターのことである。電算写植システムは、入力・編集・組版処理を行う装置と、自動電算写真植字機(出力装置)で構成される。
光学式電算写真植字機はガラス文字円盤に書体を収録して回転させて選字、露光する方式で、アナログタイプであるということでは手動写植機の文字盤と同じである。SAPTON(Sha-ken Automatic Photo Typesetting Machine)は出力機で、入力機はSABEBEである。
本蘭細明朝体(本蘭明朝L)の開発に着手したのは、光学式電算写真植字機への移行のためであった。電算写植機の普及のためには、書籍や文庫などの本文用の明朝体を開発する必要性があったのだ。
本蘭細明朝体は、光学式電算写真植字機SAPTONの弱点をカバーするために、横線を太くし、先端をカットし、交差部分には大きな食い込み処理が入れられた。ハードやソフトによって起こる、いままでに経験したことのない制約を克服して開発したのだ。

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『永遠も半ばを過ぎて』(中島らも著、文藝春秋、1994年)を読んでみることにしよう。この小説の主人公が電算写植のオペレーターで、一休こと、入力機SAZANNA–SP313が登場する。

一休は、もう年齢[とし]だ。おれが三十八のときに半ばやけくそになって買ったから、五歳になる。本名はSAZANNA–SP313という。
電算写植機の進化はすざましい。五年前の機種なんかはもう恐竜扱いだ。


札幌市中央区に本社のある株式会社アイワードでは、1983年(昭和58年)にSAZANNA–SP313を導入している。以降、写研の電算写植システムによる組版を行なっている。
CRT式電算写真植字機はCRT(ブラウン管)からレンズ系を経て露光する方式である。書体は文字円盤からデジタルデータへと移り変わり、その形式はランレングスフォント、ベクトルアウトラインフォント、曲線アウトラインフォントと変化していった。CRT式電算写真植字機がSAPTORONで、レイアウトターミナルSAIVERTなども開発されている。SAZANNA–SP313はその入力機である。
本蘭細明朝体は、CRT式電算写真植字機でアウトライン・フォント(Cフォント)化されるときに、食い込み処理が埋められている。機種によって原字のデザインが変遷したのだ。
本蘭明朝のファミリー化は1985年であった。この時、本蘭細明朝体は本蘭明朝Lに改称した。本蘭明朝のファミリー構成は、本蘭明朝L、本蘭明朝M、本蘭明朝D、本蘭明朝DB、本蘭明朝B、本蘭明朝E、本蘭明朝Hの7書体である。

レーザー式電算写真植字機はレーザーの走査によって印字するもので、画像や写真の出力もできるようになった。レーザー式電算写真植字機をSAPLS(Sha-ken Automatic Plate Laser Setter)といい、入力編集機GRAFやSAMPRASなどが開発された。
本蘭細明朝体が1975年に発売されたとき、そのペアとして開発されたのは、石井中太ゴシック体をそのまま拡大した「石井中太ゴシック体L」だった。1990年ごろから本蘭明朝に対応する本蘭ゴシック・ファミリーの制作が企画されていたが、なかなか実現しなかった。
1997年になって、まず本蘭ゴシックUが発売された。2000年には、本蘭ゴシックL、本蘭ゴシックM、本蘭ゴシックD、本蘭ゴシックDB、本蘭ゴシックB、本蘭ゴシックE、本蘭ゴシックH、本蘭ゴシックUの8ウエイトからなる本蘭ゴシック・ファミリーが発売された。
本蘭アンチック・ファミリーは、本蘭明朝ファミリーにつづく書体として、本蘭ゴシック・ファミリーとともに試作していた。本蘭ゴシック・ファミリーは2000年に発売されたが、本蘭アンチックが制作されることはなかった。
株式会社写研大阪営業所の新しいビルディングが竣工したのは1992年10月のことであったが、このビルディングの「定礎」の文字の原図のレタリングは、当時試作していた本蘭アンチックだった。本蘭アンチックの唯一の証である。
株式会社アイワードでは、編集機のGRAF ET-4Nが6台、Singisが一台稼働している。電算写植書体の見本帳として、『タショニム・フォント見本帳 No.5A』(株式会社写研、2001年)が発行されている。
その株式会社アイワードで制作された書籍のひとつが、『増補版・北海道の歴史がわかる本』(桑原真人・川上淳著、亜璃西社、2018)である。累計10,000部突破といわれるロングセラー『北海道の歴史がわかる本』が、2008年の発刊から10年目に刊行された増補版である。
亜璃西社は、北海道に根ざした出版と編集を手がける札幌の書籍出版社だ。幅広いジャンルの出版物を刊行している。編集プロダクションを母体に、1988年に書籍出版社として創立された。

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CRT式電算写真植字機の時代に開発された本蘭明朝ファミリー、レーザー式電算写真植字機の時代に開発された本蘭ゴシック・ファミリー、そして幻に終わった本蘭アンチック・ファミリー。このグランド・ファミリーを、新しい時代に継承するために試作しているのがきたりす白澤明朝ファミリー、きたりす白澤呉竹・ファミリー、そしてきたりす白澤安竹・ファミリーなのである。
posted by 今田欣一 at 08:42
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